※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。
これは、私の高校2年時の、夏の、数学の予備校授業の日の話である。
高校は17時に終わり、予備校は18時開始。
予備校までは自転車で30分。
つまり、寄り道さえしなければ30分前に着く。
数学的には余裕である。
しかし、これはあくまで「通常運転日」の時間。
例えば、友人と放課後に教室で駄弁ったり、教師に「ちょっとプリント取りに来て」と呼ばれたりする。
ただ、この日は珍しく何も起きなかった。
完全なる「通常運転日」。
今日は余裕だ。
予定通り30分前に着く…筈だった。
私は屋根付き駐輪場に停めていた自転車の比較的穏やかな温度(※まだ人類が着座可能)のサドルにまたがる。
その時、
「ゴロゴロ」という雷鳴
ラスボス登場シーンのような「どす黒い」積乱雲
「アスファルトのジメッとした匂い」
を発見した。
積乱雲、明らかにやる気やな。
嫌な予感。
校門を出ようとした時、すれ違いで入ってきた教職員の自動車を見て戦慄した。
その車体は洗車直後ではないにも関わらず、露骨に濡れている。
これは車の汗か?いやそんな筈あるか。
そう笑い飛ばしながらも、「嫌な予感」は100%の確信に変わった。
「レインコートを着ればいいやん」と思うだろう。
しかし、私は着ない。
「レインコート」の構造が高校生にとって好ましくなかったから。
(※学校指定のレインコート以外は着用禁止だった)
「レインコート」は、上がチャック式コート、下はズボンの、セパレート式。
前者には、背中に蒸れ防止の網窓が「一応」付いていた。
が、その面積はハガキ程度。
「あ、通気してる!涼しいな~」
そんな感想を抱いた記憶は一度たりとも無い。
また、後者を履くには、靴を脱いで片足立ちでフラフラしながら装着する必要があった。
更に、使用後は濡れたコートを自転車に干す作業が待っている。
その際、制服までもがびしょ濡れになってしまう。
つまり、「レインコート」は、
蒸れる
面倒臭い
テンションが下がる
という「負の三拍子」であった。
だから私は、雨が実際に降っていて、しかも、「明らかに土砂降り」な時でなければ着用しなかったのである。
しかし、今思えば、この時点で着るべきだった。
ただ、当時の私は、まだ「降っていない」という一点に全てを賭けていた。
走り始めて数分。
「異変」に気付く。
予備校方向から来る自動車全てがびしょびしょ。
こちらは一滴も降っていないにも関らず、自動車のワイパーは全車最高速。
これは本気で来るな…
そう思った次の瞬間。
ドォォォッ!!
一気にゲリラ豪雨に巻き込まれてしまった。
やられたか…
「ポツ…ポツ…ザーッ」という「助走」すらなく、本当に気付いたら豪雨の中にいた。
私が積乱雲下に突入したというよりは、私の頭上に誰かが積乱雲を「Ctrl+X、Ctrl+V」した感じ。
レインコートを着る猶予はゼロ!
というか、「着よう」という発想が生まれる前に、もう濡れていた。
まあ、着用していても結果は変わらなかったと思うが。
ゲリラ豪雨は、怖いよな。
豪雨の中を進む。
よくニュースで「バケツをひっくり返したような雨」という表現があるが、バケツどころの騒ぎではなかった。
25メートルプールをひっくり返したような雨。
雨を「痛い」と感じたのは、今でもこの時だけである。
私の掛けているメガネに「所狭し」と雨粒が降り注ぐ。
前が見えない。
前に進めない。
メガネにもワイパーが欲しいな、いや、回転窓のほうが良いか。
そんなことを考える余裕があったのか、「豪雨の中でも冷静な私」を演じていたのか。
今となってはわからない。
飲みたくない雨水が口の中にも容赦なく流れ込んでくる。
自転車の前輪が私に容赦なく水を跳ね上げる。
下からも来るんかい。
自転車で走っているだけなのに、360度から水責めを受けていた。
制服はあっという間に身体に張り付き、靴の中は完全に水没した。
もはや自転車に乗っているというより、二輪の水上アトラクションに乗っている気分だった。
予備校に到着したのは授業開始10分前。
廊下を歩く。
キュッキュ
靴裏の溝がすり減っているせいで情けない音が鳴る。
そろそろ買い替えなければあかんな。
そう思いながら階段を上る。
いつもの「リズミカル」な階段登坂とは程遠い、重々しい足取りで。
その度、靴下が圧縮される。
くちゅくちゅ。
「気持ち悪い」感覚が足裏に広がる。
教室へ到着。
座席は週替りの指定制だった。
座席表を睨み自分の座席を探す。
その間にも、前髪先端から水滴が鼻に落ち、もみあげから首筋に一本の非常に低速な「滝」が流れる。
本日の席は、よりによって教卓の真ん前。
座席表を睨む私の姿は、もはや「濡れたワイルドアニマル」そのものだった。
座を見つけ、カバンを床へ置く。
ドスッ!
カバンから床に雨水が流れ出した。
私のカバンは小さな川の源流を形成していたのである。
身体全身びしょびしょ、頭から水滴ぽたぽた。
机上に雨水を垂らしてしまう。
着席。
じわっ。
座面に直径数サンチ(※センチのフランス読み)のため池が完成した。
世界一無用途な。
椅子の座面は少しくぼんでいた。
よって、私が腰を下ろした瞬間、ズボンが体重で「雑巾」のように絞られたのである。
(手で雑巾を全力でひねるというよりは、手のひら全体で軽く握るイメージ)
この時の濡れ具合を例えるなら、水泳授業後に「冷水シャワー」を浴び終え、あらかじめ日光下のプールサイド壁に掛けておいた「ホクホクのバスタオル」を掴み取るあと三歩前の状態、と完全一致していた。
キーンコーンカーンコーン。
「ウエストミンスターの鐘」が鳴動する。
講師登場!
いつも通り軽い世間話から始まる。
勿論この日の話題はゲリラ豪雨。
「外凄いことになっているけど、雨大丈夫だった?」
講師は教室全体を見渡しながら、爽やかに続けた。
「見たところ、濡れている人は一人も居ないようだね。じゃあ始めようか。」
いや、ここにおるやん。
教卓の真正面に、全身びしょ濡れの生徒がよ。
私はその瞬間から、数学ではなく「別の問題」を解き始めた。
なぜ私を無視したのか?
授業進行に支障が出るからか?
どう見ても「大丈夫」ではないから敢えて触れなかったのか?
下手に弄って、私がクラスの笑いものにされたり、皆の注目を浴びる可能性を避けるため、先生の「ご厚意」により意図的に無視されたのか?
あれから10年近く経つ。
いまだに、この問題は解けていない。
ただ一つ確かなのは、あの日の教室でゲリラ豪雨の被害者は「たった一人」だったこと。
そして、その唯一の生存者だけが「大丈夫だった?」の対象外だったことである。

