叔父の自動車と「フランボワーズソフトクリーム」

小学生思い出
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※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。

小学校四年生の、ある著しく暑い夏の日の午後。
私は母、叔父、祖母の四人で、叔父の自動車に乗って食事へ向かうことになった。
その日の車は、叔父が所有していた初代マーチだった。

現在の自動車のようなスライドドアは当然なく、3扉だったため、後部座席へ乗り込むためには、助手席の背もたれを限界まで前方へ倒し、その隙間を身体を捻るようにして通り抜ける必要があった。

そのため、助手席に座っていた祖母が、その都度いちいち立ち上がる姿を見ていた私は、「なんかいつもの車と違うな」と感じた。

車内へ入ると、座席にはタクシーのような白いカバーが掛けられていた。
さらに、座面はビニールのような硬い感触だった。
そのため、後部座席に座った私は、「私は今、この席に鎮座している」というような、不思議な感覚を覚えた。
そして、叔父が喫煙者だったこともあり、車内には濃いタバコの匂いが漂っていた。
白い座席カバー、硬い座面、そしてタバコの匂い。
この三つが重なり、当時の私は叔父のマーチに対して、
「タクシーみたいやな。おもろ。」
と思ったのである。

さらに、この車はマニュアル車だった。
オートマ車にある「P・R・N・D」といったアルファベットは存在せず、そこには数字が刻まれたシフトノブがあるだけだった。
叔父がそのシフトをリズミカルにガチャガチャと操作する姿を後部座席から眺めていると、さらに非日常感が強まった。

また、この日は後部座席から側面の車窓を眺めていた。
普段のドライブでは、父が運転するオートマ車の助手席に座り、前方の景色を楽しむのがいつもの形だった。
その場合、目的地に到着してから初めて「非日常」が始まる感覚だった。
しかし、この日は違った。
叔父のマーチに乗り込んだ瞬間から、すでに非日常だったのである。
自家用車に乗っているはずなのに、貸切バスで遠足へ向かっているような感覚だった。

目的地へ向かう途中、車窓を眺めていると、自動車が橋の上を走った。
「川を渡っているのかな」
そう思った。
しかし、よく見ると、そこに広がっていたのは川ではなく、どこか陰湿な色をしたため池だった。
これは私にとって初めて見る光景だった。
「あれ?」
という疑問と、
「臭そうだな」
という感想が、ぼんやりと浮かんだ。
しかし、その直後、私の横を巨大なタイヤを履いた特殊クレーン車が轟音とともに通り過ぎた。
その迫力に圧倒され、先ほどの疑問は一瞬で消えてしまった。

目的地へ到着し、店内へ入ると、そこには巨大な円柱型のいけすがあった。
その横にはエスカレーターがあり、私は上からいけすの中を覗き込んだ。
すると、水面近くに一匹だけ魚が浮かんでいることに気付いた。
その魚は、すでに息絶えていた。
私は当時、こうした巨大ないけすは専門の人が徹底的に管理しているものだと思っていた。
そのため、魚が死んでいるという事実に驚いた。
と同時に、少し悲しい気持ちにもなった。

その飲食店は川魚を提供するところであった。
叔父が子持ち川魚の卵全部を「食いしん坊やな」と笑いながらも私にくれたことを今でも覚えている。

そして、食事を終え、駐車場へ戻り、再びマーチへ向かって歩いている時だった。
遠くからかすかに、「〇〇ソフトクリーム」のような声が聞こえてきた。
その音は、ちょうど叔父の車が停まっている方向から聞こえていた。
私は歩くにつれて、その声が少しずつ鮮明になっていくことに、不思議な満足感を覚えていた。

ついに正体が判明した。
その声の主は、
「フランボワーズソフトクリーム」
と連呼していたのである。
恐らく私は、その日に人生で聞く分の「フランボワーズ」という言葉を全て聞いたのではないかと思う。
それは母や祖母も同じだったらしく、現在でも私が「フランボワーズ」と口にすると、
「あったなぁ」
と、当時の出来事を思い出すことができる。

叔父のマーチ、ため池をはじめとした車窓の風景、そして、何度も聞いた「フランボワーズソフトクリーム」。
それらは、あの日の夏の暑さ以上に、鮮明な記憶として私の中に今でも残り続けている。

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