髪を切りに行っただけなのに…

高校生思い出
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※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。

私は中学生までは美容院に通っていた。
一回4000円位。
全自動シャンプーマシンまで味わえるそこそこ贅沢な散髪だった。
しかし、高校になると、あっさり1000円カットへ鞍替えした。
髪を切るだけなのに4000円。
勿体ない。
以下は、その1000円カット店での出来事である。

高校一年生のとある朝、朝刊を読もうと新聞を広げた。
いつもなら新聞本体より先に雪崩のように出てくる広告束が、今日は無かった。
あら?
すると母が、
「これ見て!」
とニヤニヤしながら言ってきた。
「これ」を見てみると、とある散髪屋の新規開店記念チラシだった。
通常カット1080円(当時の税込)のところをなんと、
500円!
とのこと。
既に、広告用紙の底辺が母の素早いハサミ捌きによって「ガタガタ」に切り取られていた。
そして、そのチケットが既に冷蔵庫に貼られていた。
「これが、例のチケット?」
と言うと、
「そうやで。次、散髪する時行ってきたら?」
と言ってきた。

後日、自転車で行ってみた。
しかし、自転車置き場が無かった。
どうやら店舗沿いの歩道に横付けする方式らしい。
既に先客のものだと思われる単車と自転車が数台「横付け」されていた。
私は、それらに接触しないように、細心の注意を払いながら駐輪した。
爆発物処理班はこんな感じで作業するんかな?

店舗に入ってみると、
「いらっしゃいませ~」
という控えめな声が聞こえた。
と思ったら、数秒後、
「いらっしゃいませ~!」
と、今度は店内のドライヤーを上回る声量が飛んできた。
しかも、声色が、いかにも「大阪のオババ」のそれ。
三人の先客が居たので、私は通路に置かれた丸椅子に座って待つことにした。
すぐにオババの正体が判明した。
とにかく声がデカい。
しかも、散髪をしながらずっと喋っている…
あのオババだ。
当時、というか今でもそうだけれども、私は散髪中の会話は全然苦では無いので、
「別にどっちのおばちゃんでもええか〜」
と「軽く」構えていた。

しばらく待った。
オババの声は、ラジオの公開収録が店内で行われているように思えた。
しかし、自分が関係していない話であると、内容は「やはり」つまらない。
次第に、ぼーっとしてきた。
すると、ふと気が付いた。
右ポケットが軽い。
右太ももを他人にバレないように揺らしてみても、何も感じない。
というか何も入っていない!
※私は自転車の鍵や家の鍵をいつも右ポケットに入れていた。
自転車が盗まれる。
母に怒られる。
一瞬で眠気が覚めた。
血眼になって店を飛び出した。
その背後では、何故か
「ありがとうございました〜」
と言う声が聞こえた。
まだ髪も切っていないのに。
不思議に思いながら、自転車のもとへ向かった。

鍵を見る。
と、
鍵がそのまま刺さっていた。
人生初の、鍵抜き忘れ。
鍵を抜いてポケットに入れ、再び店に入ろうとした瞬間、
「実は緊張してるんやろ?」
そんな声が脳裏をよぎった。
そうかも…。

もう一度店に戻る、
すると、再び、
「いらっしゃいませ~」
と言われた。
今度も顔を見ずに。
私は思った。
「この人たち、扉の開閉に従い、自動的に挨拶するプログラミングがされたロボットちゃうか?」
と。
「丸椅子」に座っている時、そのようなことをずっと考えていた。

やがて私の番がやってきた。
「こちらへどうぞ!」
とデカい声で案内された。
勿論、担当は「オババ」。
私は注文した。
するとすぐに会話が始まった。
-高校生?
-はい。
-部活入ってる?
-はい、山岳部に。
-今までで一番高い山、何登った?
-立山です。山頂でみんなが「星空綺麗やな」って言うんですけど、僕、眼鏡を家に忘れてまして。白いのがぼんやり見えるだけでした
-立山かどこか忘れたけど、バスで行けるの知ってる?
-そうなんですか?ルートはどんな感じです?

しばらく立山トークが続いた。
ところが、いつの間にか野江駅のカレー屋の話にすり替わっていた。
立山の話

私の出身地の話

私は昔大阪市に住んでいた

野江内代(のえうちんだい)という、初見ではまず読めない駅名の話

野江駅にオババ息子夫婦が住んでいる

野江駅のカレー屋の話、
という順序で。
「野江駅」という言葉が出た瞬間、一瞬にして話し手が私からオババへ完全に交代した。
私の出番終了。
話題が「天空」から「下町」へと下山したのだった。
以降、「ずっと」オババのターン。
オババ:私=99:1の割合で。
「1」はたまに「なんとか」挟めた私の合いの手。
-そこのカレーのトッピングが貧相でさー、
-客層がさー、
-駐車場が停めにくくてさー、

情報量は多いのに、何一つ頭に残らない。
「壊れたスピーカー」ではない。
「そのスピーカーを壊した音源」である。

当時の私は結構喋るタイプだった。
しかし、その私を差し置いてオババはずっと喋っていた。
「寄席の最前列ってこんな感じなのかな?」
ただし、演目は「伝統芸能」ではない。
ただのおばさんの井戸端会議である。
「この方、めちゃくちゃ喋らはんなぁ」
と思いつつ、私を子どもではなく、一人の大人として扱ってくれていることには素直に嬉しく思った。

そんなこんなで散髪も佳境に入った。
オババが私のもみあげを「細い」バリカンで整えていたその時、
突然、後方から若い男性の声がした。
私と同い年くらいの声。
爽やかな。
「おい、〇〇(私の本名)久っしぶりやな〜!」
オババも空気を読んで、バリカンを止めてくれた。
私は声のした方向へ振り返った。
そこには、男性が立っていた。
恐らく同級生なのであろう。
しかし、脳内検索はヒットゼロ。
誰であるか皆目見当がつかなかった。
本来ならば、
「どなたですか?」
と言いたい。
しかし、店内にはバリカンを止めて「再会」を祝ってくれているオババがいる。
そして、待機中のお客さんも私に注目している、気がした。
だから、ここで
「誰この殿方?」
という顔をしたら
「何この殿方」
と思われる。
それだけは避けなければならない。
そこで私は刹那、頭を働かせて、
「よお!久しぶり!」
と、誰よりも「再会」を喜んでいる男を演じた。
そこだけの演技を切り取れば、主演俳優賞を獲得できたに違いない。
その後、オババは何事もなかったかのように散髪を再開した。
そのため、「彼」との「再会」は5秒で終了した。
その後、オババは「通常運転」に復帰した。
なんと、ドライヤーをしながら喋りかけてきたのである。
散髪終了。
私は「500円」を支払って帰った。
それだけの出来事のはずだった。

2ヶ月後、もう一度その散髪屋に行った。
値段は1080円に戻っていたが。
担当は再び「オババ」で、どうやらワンオペしているらしい。
客も私とオババだけであった。
椅子に座るといきなり、
「前、知り合いと再会していた感じだったけど、誰かわかっていなかったんちゃう?」
と言われた。
心臓が跳ね上がった。
しかし、平静を装い、
「そうですね。全く見覚えが無かった人です。誰?って感じでした。」
と正直に申し上げた。
すると、オババは結構真剣なトーンで、
「そういうこともありますよ」
と何故か敬語で言った。
怖い。
さっきまであんなに喋っていたオババが、急に他人行儀になった。
私の心、読まれていたんかな?
2カ月前の出来事だったのに、「かなり」焦った。
あれだけ喋り続けていたのに、オババはちゃんとこちらを見ていたのだ。
だからこそ、「あの一言」を現在でもはっきりと覚えている。

自宅に帰り、アルバムを広げてみた。
すると、「彼」と「思われる」顔を発見した。
名前を見てみる。
全く記憶にございません。
どうして私の名前を知っているのか摩訶不思議。
そもそも、その年齢の学生が全校生徒に名前を知られるには大体四択しかない、と思う。
・生徒会の上級役員、
・スポーツ大会等で活躍し、朝礼で表彰される、
・学校を揺るがすようなかなりの「悪事」を働く、
・常に群れて騒いでいるグループの中心人物。
私はいずれにも該当しない、「ちゃんと」「自我」のあるモブ生徒だった。
にも関わらず、「向こう」は名前を知っていた。
謎だ。
今でも謎だ。

さらに2ヶ月後、再び店へ行った。
今度はオババではない、もう一人のおばちゃんがワンオペしていた。
今度も二人っきり。
彼女はオババとは真反対である。
全く喋らない。
おばちゃん:私=1:99。
兎に角静かだった。
座席背もたれから腕が出てきて、その上で髪の毛を切られているような感じ。
店内に居るにも関わらず、隣の通りを走る自動車の音や通行人の会話がよく聞こえた。
そんな静寂の中、事件が起きた。
彼女が私の後頭部を刈り上げていた時、バリカンが私の髪の毛に引っ掛かった。
そして、
ガタンッ!
バリカンのアタッチメントだけが床に落ちた。
彼女があまりにも静かだったので、床に、二度バウンドした音まで聞こえた。
私は、
「あっ!」
と思った。
痛くはなかったが。
おばちゃんは床に落ちたアタッチメントを拾い上げた。
そして、
カチッ
と本体に装着し、何事も無かったかのように再び刈り始めた。
えっ!
流石に何か一言言おうと思った。
しかし、言えなかった。
なぜなら、注文以外、一度も会話がない。
そんな状態で、
「それ、床に落とされましたよね?」
と言えるほど、私は心臓に毛は生えていなかったから。
散髪終了。
支払った時、いつもは言う、
「有難う御座いました」
は言わず、軽い会釈だけで帰宅した。
今になって思う。
このおばちゃんは、オババとは正反対だった。
色々なおばちゃんが世の中に居るものだ。
同じ店なのに、ここまで違う。

帰宅した。
夕食後、お皿を台所に持って行っていた時、母に言われた。
「後ろどうしたん?」
と。
「どういうこと?」
と言うと、母が「後ろ」の写メを撮って見せてくれた。
拡大するまでもなかった。
「後ろ」の一部分に、
名刺の4分の1くらいの大きさのベージュの空白
ができていた。
人類未開の地。
にも関わらず草木一本も生えていない。
母が、
「これは言うべきやろ。」
と言ってきた。
しかし、私は、
「ええわ、面倒くさい。」
と答えた。
しかし、その一言には、
「二度とあの店には行かない!」
という強い決意が込められていた。

それから、10年以上の月日が流れた。
勿論、オババとは会っていない。
が、店舗は現在も道沿いに佇んでいる。
しかし、オババがまだ居るのかはわからない。
恐らく、もう定年でとっくに「引退」しているだろう。

1000円カットとは、
ただ単に、髪を素早く安く切る場所だと思っていた。
しかし、私がそこで手に入れたのは
二人のおばちゃんとの忘れられない思い出、
そして、
「後ろ」に誕生した極小の未開地
であった。
また行きたいか?
答えは、「否」である。

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