「特別」な板に泳ぐ「魚」

小学生思い出
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※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。

小学4年生の頃、教室を移動する授業は理科と体育くらいで、図工もまた、普段の教室で行われていた。

この図工の授業ではまず、1人1枚、カーボン紙と版画板が前の席から後ろの席へ順に回された。
いつも宿題プリントや学級通信等の「純粋な紙」しか配られなかった。
それらは回している間も折れ曲がることなく、いつも「ピンっ」としていた。
だからこそ、前からカーボン紙が「ふにゃり」と「頼りない」状態で回ってきただけで、私はカーボン紙に強く興味をひかれた。

カーボン紙が回ってきた。
私は机上にカーボン紙を置いた。
初めて見るものだった。
思わず、どんなものなのか確かめたくなった。
表は薄紙、裏一面には黒インクがべっとりとついている。
そのインクを人差し指の腹で恐る恐る触ってみる。
鉛筆の粉や消しカスの触感とは異なる「ねっとり」としたインクが薄っすら付着した。
匂いを嗅いでみる。
蝋のような粘土のような匂いがした。
「汚れた指」を隣席の友人に見せてみる。
「お前もか」という言葉と共に彼の「汚れた指」を見た。
私だけではなかったことに、少し安心した。

次に版画板も同様にして配られた。
「紙」は毎日のように配られるものだから、珍しくも何ともなかった。
しかし、「木の板」は、分厚さといい、重さといい、色といい、木目といい、冷たさといい、様々な点で「紙」とは違う。
そして、机、椅子、扉、本棚等、道具としての木ではなく、材料そのものとしての「木板」を手にする機会は殆どなかった。
早く写したい、早く彫りたい。
「ただの木板」であるはずの版画板が私にとって「宝物」であるように思われた。

これら二つの「特別」なものが机上に並んだだけで、いつもの教室が少しだけ図工室になったような気がした。

いざ、作業開始。
この授業ではカーボン紙を用いて版画板に「海の生き物」(テーマ)を下書きし、下書き線に沿って彫刻刀で彫るというものであった。

私は迷うことなく自信満々に「黒鯛」を選び、版画板に顔を近づけ、下書きを始めた。
鉛筆でカーボン紙を下書き紙上からなぞってみる。
「何や、この感触…」
ほんの一瞬、手が止まった。
机に薄っすらとこびりついた手垢を爪で剥がすような、あの感覚にそっくりだった。
カーボン紙をめくってみる。
カーボン紙のインクは版画板へしっかりと写っていた。
カーボン紙は期待通りに仕事をしてくれた。
それだけで私は満足だった。
違和感のことは、すっかり忘れてしまった。

下書きを写し終わった。
椅子から少し腰を浮かせ、机から離れて「黒鯛」を眺めてみる。
そこには「黒鯛」とは到底言えない「魚らしき生物」が版画板上を泳いでいた。
私の「ドンッ」と乱雑に、椅子に腰掛ける音が、教室のあちこちでカーボン紙をめくる音の大きさを一瞬だけ上回った。

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