日本一小さなホッケー大会

小学生思い出
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※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。

真夏の昼休みが終わる頃、校舎の空気はすでに熱を孕んでいた。
運動場でドッジボールや鬼ごっこ、バラ当てに興じていた生徒達は皆、シャツを汗でべったりと肌に張りつかせたまま、それぞれの掃除場所へと散っていく。
教室の窓は全開。
エアコンは停止。
ホコリを外へ逃がすためである。
だがその代わりに、外の熱風だけがそれぞれの教室へ容赦なく流れ込んでいた。
理科室の空気も例外ではなかった。

私たちの掃除担当は、理科室の手洗い場だった。
まず理科室に入るといきなり左の壁際に長い手洗い場が横たわり、その一番奥には生徒が使用する蛇口より二周りは大きい「デカ蛇口」が鎮座していた。
この蛇口はバケツに水を張るためのものらしいが、殆ど使われておらず、いつしか誰にも見向きもされない存在になっていた。
茶色く錆びつき、長い年月をそこで過ごしてきたことを物語っていた。
そのため、蛇口をひねると、最初だけ茶色い水が「ジュボボ」「バッチャー」と轟音を立てて落ちる。
この蛇口の「振る舞い」に対し、私は「わお!」と言葉では驚きつつも「すげー」と心中では興味津々なのであった(路上にある「珍しいもの」を枝でつつくような感覚)
更に、水の強大な水圧に耐え続け、解放された瞬間に、一直線に水を吐き出すその姿に「ささやか」な畏敬の念さえ抱いていた。
だから、掃除が始まると真っ先にこの「蛇口」のもとへ向かい、「汚い水」が今日も「変わらず」出てくるのかを確認していた。

「正規」の手洗い場掃除は、「ニューホーミンググレンサー」という粉末洗剤を手洗い場全体に撒いて、「亀の子たわし」で擦るというものだったが、我々は一度もそれをしていなかった。
なぜなら、「ホッケー大会」を行っていたからである。

この「大会」のルールは単純だった。
即ち、排水口のフタを手洗い場隅から一人一投ずつ、排水口上にピッタリとフタがハマるまで投げ合い、最初にピッタリハマった人が「勝者」となる。

手洗い場は長方形で、排水口に向かって緩やかに傾斜している。
まず蛇口を全て開いて手洗い場全体を濡らし、水路全体に水の膜を張る。
水量が多過ぎると抵抗が増す為、フタの滑りが悪くなるし、逆に少な過ぎると、滑りすぎてしまう。
だから皆がそれぞれの蛇口の開け具合に妙にこだわっていた。
つまり、フタを投げる前から「大会」は始まっていたのである。

基本的に掃除メンバーは4人であるが、一度に投げるのは一人だけだった。
投者1名、順番待ちの観客3名、競技時間は掃除時間の15分、会場は理科室手洗い場。
おそらく世界でも類を見ない「小規模」である。
順番待ちの三人は「観覧者」として排水口と投者の間に立って、投者の「一投」に対し「今の惜しかった!」とか、「ちょっと強すぎやん!」のように「歓声」を上げていた。

この「大会」の「勝者」が掃除時間中に現れることは稀である。
なぜなら、殆どのフタが排水口上を通り過ぎてしまう(=排水口上にピッタリとハマらない)からである。
私がフタを滑らせるとフタは勢いよく滑っていく。
そして、排水口の真上を超えた瞬間、「あー!」という声と共に「次やらして!」という声が一斉に上がる。
誰もが、私と同じような「一投」を繰り返していたのである。
あと数センチ、されど数センチ。
その「数センチ」だけは最後まで縮まらなかった。

それでも、掃除時間が終わるまで、私たちは何度もフタを投げ続けた。
投者、観覧者双方が水に濡れるという「涼」を得られるからだ。
フタが「シャー」と手洗い場上の水を掻き分けながら滑っていたからである。
投者は身体の半身を、観覧者は身体正面全体を濡らすことができた。
「ちべた」とか「めっちゃ濡れた!」等の声を口々に上げていた。
普段なら「汚い」と思っていた手洗い場の水が、この瞬間だけは恵みのように全身を冷やしてくれる。
これが、この大会を続ける本当の理由であった。

このように、「勝者」が生まれないまま掃除時間が終わる日も多かった。
それでも、参加者全員が満足していた。
この「大会」の真の「勝者」は「観覧者」だった。
そして、チャイムが鳴ると、私たちは何事もなかったように「会場」を後にするのであった。

以上のように、参加者「たったの」4人、会場は理科室手洗い場という、これこそ私たちの「日本一小さなホッケー大会」だった。

この「大会」、得られる「涼」、そして「大会」を手洗い場脇で静かに見守っていた「くたびれた」蛇口の姿は、十年以上経った今でも鮮明に思い浮かんでくる。

理科室の一番奥で、誰にも見向きもされなかったあの蛇口は、毎年何十人もの生徒達が繰り返す「小さな大会」を、変わらず見届けてきた唯一の「観客」だったのかもしれない。

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