※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。
小学校のパソコンルームは、汚い校舎に存在していた。
しかし、その内部だけは比較的綺麗に整えられていた。
設置されていたパソコンのOSはWindows XPで、台数は30台程度だったと記憶している。
それぞれのデスクには、ローマ字入力表が印刷されたマウスパッドが置かれていた。
しかし、その多くは長年の使用によって端からめくれ上がり、二重構造のような状態になっていた。
しかも、めくれた部分に触れると接着剤が劣化したのか、表面が少し「ネチャネチャ」していた。
デスクチェアにはキャスターが付いていた。
そのため、先生が教室へ来るまでの待ち時間、私たちは椅子に座ったまま床を滑るように移動して遊んでいた。
床は、ニスが塗られた光沢のあるフローリングだった。
友人の中には、靴下のままムーンウォークを披露する者もいた。
窓に掛けられたカーテンは、外側が黒色、内側が緑色という独特な色合いだった。
しかし、それを閉めると大量のホコリが「ブワッ」と舞い上がった。
壁には黒板ではなくホワイトボードが設置され、天井からはプロジェクター用のスクリーンが吊り下げられていた。
以上のように、パソコンルームは、普通の教室とは明らかに異なる、少し特別な空間だったのである。
パソコンルームへ入る際には、上靴を脱ぐ必要があった。
そのため、部屋沿いの廊下には、すのこと下駄箱が設置されていた。
しかし、そのすのこの幅は、人一人が通るのがやっとという程度の狭さだった。
そのため、先に到着した生徒が上靴を脱いでいる場合、後ろの生徒は入口前で列になり、前の生徒が脱ぎ終わるまで待つ必要があった。
パソコンルームにはエアコンも完備されていた。
「パソコンが故障するといけない」という理由だったのか、夏場の昼間は常に冷房が稼働していた。
その恩恵を受けた出来事が、運動会の日だった。
私たちの小学校の運動会は6月に開催されていた。
しかし、その時期でも教室内は暑く、置いておいた弁当が傷む可能性があった。
そこで先生の指示により、児童それぞれが自分の弁当を、冷房の効いたパソコンルームへ保管することになった。
昼食の時間になると、私たちはわざわざパソコンルームまで弁当を取りに行った。
そして、冷房の効いた教室へ戻り、立ったまま弁当を食べた。
なぜなら、椅子は運動場へ持ち出されていたからである。
今思えば、パソコンルームは、いろいろな意味で少し不思議な教室だった。

