「エノキ」と、世界最短の仲直り

小学生思い出
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※上部にある「私のプロフィール」で、私のことを「知って」から読むと、より楽しめるかもしれません。

小学3年の真夏。
放課後の太陽は、こちらが小学生だからといって一切手加減をしなかった。
ちょうちょ(勿論あだ名。同じクラスの友達)と私は、地元にある狭い公園(以下、I公園)にたむろしていた。

I公園には、滑り台と小さな砂場しかなかった。
残りの大部分は小さいグラウンドで、その中央に何故か「中程度」のエノキが一本、堂々と居座っていた。

その日、公園には我々2人しかいなかった。
となれば、滑り台で遊ぶしかない。
滑り台で遊ぶといえば、勿論「蟻地獄」である。

「蟻地獄」とは、上に陣取った者がスロープから足を投げ出して下々の者を挑発し、下の者がその足を掴んで奈落へ引きずり下ろす、高度な心理戦を伴う極めて「平和」な遊びである。

最初は楽しかった。
しかし、2人ではいかんせん「バラエティ」がない。
挑発する人も同じ。
引きずり下ろす人も同じ。
展開もだいたい同じ。
単調だ。
よって私たちは、公園内を順番に移動することにした。

まず、砂場へ行った。
そして、発掘調査を開始する。
出てきたのは、近くの駄菓子屋で売られているお菓子のナイロン包装紙。
回収。
まだ掘った。
すると今度は、猫のう◯こと思われる物体が、砂粒を伴って出土した。
きもっ
調査終了。

次に、グラウンド横のゴミ捨て場を見てみた。
何か落ちてないかな?
と思ったので。
結果。
缶切りで豪快に開けられた「パイミン」(パインとミカンの缶詰)の空き缶が、ころっと転がっていただけであった。

仕方なく、グラウンドへ目を向ける。
やはりデカデカと「エノキ」が植わっている。
またしても思った。
エノキのせいで暗すぎな。
何より、いっつもボール引っ掛かるし。
そもそも、何故「狭い」グラウンドの「ド真ん中」に木を植えたんだ?
今に至るまで、ずっと疑問である。
機会があれば、エノキを植えた人を小一時間問い詰めたい。

当時、いつもボールを持ってくる人は「何となく」決まっていた。
しかし、我々は「ボールを持ってくる人」ではなかった。
ボールは無ェ。
遊ぶもの無ェ。
あるのはエノキだけである。
ついに、我々はI公園を出た。

I公園は田園風景の中に位置していた。
そのため、周囲には用水路が縦横無尽に張り巡らされていた。

真夏である。
目の前に水がある。
小学3年男子が取るべき行動は一つだ。
靴を脱ぐ。
靴下を脱ぐ。
脱いだ靴下を靴の中にそのまま突っ込む。
長ズボンの裾を限界までまくり上げる。
準備OK。
いざ入ろう!
アスファルトの上を「ほんの一瞬」裸足で駆け抜ける。
熱っつ!
「!」一つでは到底足りない。
「!!!!!」くらい必要な灼熱だった。
そして、そのまま「何も考えず」用水路へ。
ザバッと。
痛った!
何と、用水路の底はゴツゴツしていた。
知らんかった…。
振り返ると、ちょうちょも「同じく」悶絶している。
こうして、ズボンの裾を両手で必死に掴み、「やや太い」用水路に足を二本突っ込んだまま硬直する少年二人が、真夏の晴天の下に爆誕した。

気を取り直して、用水路を行軍する。
ちょうちょが先頭だ。
水位は「弁慶の泣き所」まで。
足裏で水草を踏み潰す。
ぬるっ
次第に水温にも慣れてきた。
ぬっる

やはり、「用水路」は用水路だった。
故に、ここでも私は、「変化」を渇望していた。
何か生き物は居ないか。
何か面白いゴミが流れてこないか。
誰か知っている人が来ないか。
急に夕立ちが降ってこないか。
しかし、何も起こらなかった。
ただ、「ぬるい」水の中を少年二人が歩いているだけだった。

そして、私は、
前を歩くちょうちょを、後ろから、
ポンッ
と押してみた。
本当に軽く。
驚かすように。
ところが、彼は、
うわっ!
と声を上げて、前のめりになった。
咄嗟に底へ手をつき、顔面からの着水だけは免れたが。
…しかし。
彼は、泣いてしまった。
私は固まった。
やってしまった。
そんなつもりではなかった。
ただちょっと押しただけだった。
転ばせるつもりもなかった。
泣かせるつもりなんてもっとなかった。
既に、頭の中には、
「ごめん」
という三文字が完成していた。
しかし、口からは出なかった。

そこで私は、彼と同じように転んだ。
うわっ!
ザバッ!
わざと。
かなりわざと。
すると、ちょうちょは私を見るなり、大笑いした。
良かった。
どうやら、彼の涙はすぐに蒸発したようだ。
仲直り「たぶん」成立。
「たぶん」世界最短。

ただ、
「一緒に転んだ」
だけ。
でも、正直、「その日」で一番楽しかった。

あれから20年程経つ。
I公園は一応存在している。
しかし、
ボールが引っ掛かるエノキは根元から「バッサリ」と切られ、
砂場は姿を消し、
何より、裸足で用水路に入る小学生は、もう居ない。
「田園風景」だった周囲も、「小綺麗」な住宅街に様変わりし、
あの「用水路」も見当たらない。
私が「変化」を求めていた場所も。
ちょうちょが泣いた場所も。
もうどこにもない。

でも、「公園」だけは残っている。
だから私は、かろうじて
「ここだったな」
とわかる。
私の中では、用水路の底は「ゴツゴツ」していて、足裏は「ぬるっ」としたままだ。

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